【FX】私が「 チャートは読みモノ 」と説いた事の意味について詳しく話します。

 

 

 

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■ 本日のテーマ ■

 

・ 「 チャートは読みモノ 」と説いた事の正しい意味について。

 

・ 環境認識に裁量は「 含めてはならない 」という事について。

 

■ はじめに ■

本日は短いですが投資における環境認識における私の主張の導入部においてとても重要な内容を含みます。投資における環境認識の術を自身で構築しようと試みている方で特に行き詰っている方や何から手を付けたら良いのかわからない方の参考になるでしょう。

私は以前から生徒さんはもちろんの事、SNS・ブログ上でもチャートとは「読み物」であると説いております。この「読む」という言葉の意味について記しておきたいと思います。

 

■「 チャートは読み物 」に関連したツイート ■

 

■ 「読む」という事の意味 ■

この読むという言葉は単一の解釈に留まってくれない厄介さを秘めています。例えばSNS上等などで教える系アカウント等を見ていると頻繁に以下のような言葉を見かけます。

 

「 チャートを読む力を育てよう 」

 

「 チャートを読めるようになるまで練習しよう 」

 

「 経験を積むとチャートが読めるようになってくる 」

 

ここでの【読む】という言葉の意味は裁量・経験・感覚的な物によってチャートの空気・雰囲気を【読む】というような抽象的意味を持ちます。対して私が主張する【読む】とは例えば本を読みあげるように読む、例えば数を数えあげるように読むといった具合の意味で使っているのです。言葉を文法を知っている人にとって本を読みそこから共通の情報や物語を読みだすとう事は造作もない事です。

 

空気を読む ➡ 裁量・感覚・経験を要し読める

本を読む ➡ 言葉と文法を知っていれば誰もが同じように読める

この違いはとてつもなく大きな違いだ、という事はおわかり頂けるかと思います。

 

■ 読むために必要なモノ ■

本を読むとして必要となるのは何か?それは、言語と文法です。例えばトレンドという概念を許容する相場モデルの場合、言語にあたる者は「波」です。そして文法に当たるものが順序と秩序と再現性を兼ね備えているトレード理論になります。

 

言語 ➡ 波 

文法 ➡ トレード理論

 

どちらがかけても本を読む事は出来ません。言語がわからなければ読む事はもちろん単語の意味を拾えない。言語だけがわかっていても文法がなければ読み方に順序が無い事で文章全体の脈略がわからずどのような話か理解出来ない。しかし逆にこの二つを「知っている」人にとっては本を読む事など容易いし物語の中身を他人と共有する事も難なく出来るでしょう。そしてFXに限らず所謂投資手法という物はこの言語と文法に前提を加えるだけで強固に作れる物であり、例えばインジケーターの組み合わせがどうこうというアプローチは主軸ではなく補助に過ぎないのですがこれはまた別のお話。

 

■ 言語に裁量を持ち込む? ■

ちなみに言語に裁量を持ち込んだらどうなるでしょうか?1語、1語に裁量をもって接するような事態が普段あるでしょうか?例えばこういう事です。

 

「 チャートに波を描けるようになるためには経験(裁量)が必要 」

 

「 とにかくチャートを毎日何時間も見て感覚(裁量)を養いましょう 」

 

という主張をみなさんも良く目にすると思いますがこれは言語=波は裁量、単語=トレンドも裁量、物語=理論も裁量。これで果たしてストーリーの共有が出来るのでしょうか?チャートに対して100回同じチャート分析を出来るのでしょうか?100人が同じ分析が出来るのでしょうか?

答えは「NO」です。

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■ チャートを読む順序について ■

私が構築・指導・共有している次点トレード理論に限らずチャートという「本」を読む時の順序についてはあらゆる理論が同じ順序になるはずです。チャートは縦軸が「値」、横軸は「時間」です。そしてここに時間の「方向」が入ります。方向は基本的に左から右で統一されていますね。そしてトレンドという概念を許容する相場モデルを考える時、その構造はジグザグ構造で形成されておりますが切り出せばそれはつまり「波」=言語となる訳です。この構造はフラクタルなためマルチフレームで認識する場合も階層によって読み方が変わるという事はありませんが階層の読む順序に注意が必要です。

チャートは左から右へ、フレームは上から下へと読み上げていきます。そしてトレード理論=文法を利用して言語を仕分けそこにあるストーリーをただ読み上げる「だけ」。ですから私はチャートは読みモノであると同時にチャート分析はただの仕分け作業とも常日頃例えている訳です。またフレームを読み上げる際は上から下ですが当然発生は下から上です。つまりチャートを本とすれば執筆時は下から上であり、読み上げる際さ上から下というイメージですね。

又、チャートを開いて適当な地点から漠然と読みだすという事もありません。想定においてもどのフレームから見れば良いのかどのトレンドの始点から読めば良いのか上下のフレームをどのようにつなげれば良いのかそれらはすべて文法たるトレード理論が秩序と順序を備えているなら考えて行うような代物では無いはずです。ただの仕分けです。私の感覚としては仕分けの名の通り簿記の問題を解いてるのと同じです。もしくはライン工場のような物です。

 

■ 読む=想定に複数のシナリオは必要ない? ■

チャートを読むというのはトレードにおいてつまり想定を意味する訳ですが、よく想定の解答=シナリオを複数用意しとけ!というアドバイスを目にしませんか?これは私にすると非常に不可解です。なぜなら物事は必ず順序立てて発生する訳であって直近起こり得る最速のプライスアクションだけを把握しておればその先まで把握していく必要などないのです。なぜならその直近のプライスアクションの過程を経由して次のプライスアクションへ発展していくだけですから意味の無い予測などせずとも確かな目の前の情報の仕分けを淡々とするだけで良いのですから。

そもそも想定解に複数の解答があったなら少なくともその文法=理論には順序という概念が存在しないか曖昧な定義であるという事を意味する可能性が高いと考えるべきでしょう。

 

■ 本日のまとめ ■

小難しく聞こえたかもしれませんがなんて事はありません。言語があり文法があればチャート分析というのはただ読むだけ・仕分けるだけの作業に過ぎず、そこに裁量を持ち出す事自体間違っているというシンプルな話です。ただ唯一の問題はその「言語」は正しいと言える程の根拠を備えているのですか?その「文法」たる理論は信頼出来ると言える程の根拠と備えているのですか?再現性や一貫性は担保されているのですか?という事です。

ダウ理論・エリオット波動論・サイクル理論・一目均衡評論…etcなんでも構いませんが何を利用するにせよ、次点トレード理論を構築した私のように自身で理論を構築されるにせよそういった問題を投げかけた時にそれを退けられる程の水準であるかどうかという点に言及しつくした物である必要はあるという事だけです。

私は為替しか経験がありませんがおそらくFX以外の他のチャートを用いる投資においても同じ事が言えるのではないでしょうか?

チャート分析とは確定した現在のチャート情報をただ読み・仕分け・直近起こりえる最速のプライスアクション「のみ」を把握するだけ。そしてそれが理論におけるエントリー対象であるならエントリーに向けて準備をするだけ。エントリー対象ではないのならただ把握対象としてプライスアクションを見守るだけ。それだけの話です。

 

「 簡単でしょ? 」

 

本日は以上となります。自身で理論構築を目指している方の参考になれば幸いです。 高山

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